自身の裁判経験を振り返って考えてみると,当事者どうしが素直に話合いができ円満解決できるなら結構なことですが,
争いがどうしても収まらず,裁判という国法の立入りを放棄すると結局は大げんかになってしまいます。
気持ち的に時には「長いものには巻かれろ」式で,強い人が勝ち力の弱い人は正しくても,泣き寝入りが強いられてしまいます。
そんな時は裁判です。弱者に対し裁判所は味方してほしいと願うものですが,裁判所は強者(つわもの)も弱者も何(いず)れの味方もしませんし中立です。
と言うか,中立ではなく争いの両者の間に介在,一段高いところから訴えを聞き法の正義がどちらにあるのかを決めて,正しい者に私権の救済を与えてくれる。それが裁判を経験すると感じます。

 

文/反訳士 山田正孝 反訳 | 一般社団法人日本反訳士協会